コシードさんのマスター

町田という町にある地中海料理の名店でコシードさんというお店があります。

コシードとはスペイン語で煮込みという意味とのこと。

あまり、この場で特定のお店については紹介をすることはないのですが…

自身の職場の近くではなく…

そこに思いがあるので書かさせていただきます。

三十数年前から馴染みであったお店。

初めて行った時は、ロードサイドの中華料理を居抜きで始めたられたカウンターだけの8席ばかりの小さなお店。

三國連太郎さんにそっくりなヒゲに野球帽の小さいけれど、彫りの深い顔のおじさんがカウンターの中に立たれていました。

ステーキや鳥料理、パエリアやオムレツ、カレーやパスタそして、リゾットもメニューにありました。

時には魚料理もメニューに載っていました。

驚くほど美味しく、ボリュームもあり、生野菜も多く、栄養満点で、しかもお小遣いにプラスアルファぐらいの価格で、ファミレスよりは安い価格設定。

トレーニングに行った後の栄養補給の定番でした。

私の体はコシードさんが作ってくれたと言ってもいい感じです。

確か10時少し過ぎぐらいまでの営業。

閉店間際にお邪魔をして、少しサービスをしていただき、少し大人の話をしていただいたことを思い出します。

素材が良ければ美味しいのは当たり前ですが、素材が良くなくても、美味しくするのがプロの仕事という話は印象的でした。

一工夫でプロの味になるというお話。

素材をうまく生かせる技術があるから、コシードさんは安く料理を提供できるというお話。

調味料とソース、そして醤油は自家製でこだわりを持たれていました。

素材にも一工夫を加えて、素材の味と調味料がコラボしやすくする一工夫の話。

15歳からの修行生活。

修行元で料理長のシェフに上り詰めたけれど、独立してコシードさんを始められた話。

名店であったけれど、誰しもが気軽に入れるお店ではなかったと…

自分の腕と料理をどんな人にも喜んでいただきたいとの思いからの独立であったことを話されていました。

移転して現在のお店にしたのは、多くの方に来ていただきたいとの思いと、ご家族への思いからだと、こっそりと語られていました。

移られてからも、数年に一度は顔を出していたのですが、以前のようには気軽に長話をすることは少なくなっていました。

イケメンのご子息がメインになっていましたが、ご自身もキッチンに立たれて調理を行われていました。

お店が大きくなっても、お客様が多くなっても、以前とは同じ料理を提供されていました。

しかも、手際よく、時間がかからないでの提供。

下ごしらえと下準備、段取りが、料理の重要な要素であることを伝えてくれました。

違う業種の達人のマスターでしたが、多くのことを、無言の佇まいで伝えてくれました。

最近は数年に一度の来訪でしたが、食べ終わる頃にコーヒーをサービスしてくれて、ひと言二言を話すことが多かったですね。

「よく来たな…」

と言ってくれました。

友人が鳥料理のお店を開業するときに、こっそりと鳥料理のポイントを教えてくれました。

密かに私は鳥料理の魔術師だと思っていたので、友人をマスターに引き合わせたことがありました。

素材に頼ることなく、素材を引き立てる達人のマスターならではの秘伝を伝えていました。

伝えたい思いがあるのがマスターでした。

その料理からも思いは伝わってきました。

最後に伺ったのが、約三年前。

この数年は「膝が痛いことが多いんだよな」と話されていましたが…

その時は、わざわざお店の外まで出てこられて…

「もっと来いよ…俺、死んじゃうかもしれないから…」

なんて、話をされて

「そんなこと当面ないでしょ?」

「役割があるんだから…」

と返したのを思い出しています。

今にして思えば、期限を悟られていたのかもしれません。

先日、私と同じくコシードさんを愛していた友人からマスターが亡くなっていたことを聞きました。

亡くなられたのが、2年数ヶ月前とのこと。

私が最後に訪れて数ヶ月後のこと。

期限を感じられていたのでしょう。

料理だけではなく多くのことを教えてくれました。

伝えてくれました。

イケメンのご子息にも思いは伝わっているでしょう。

いま、いろんな思いが湧き上がっています。

年齢だけはいっぱしの大人ですが、こうやって本物の大人になっていくのだと感じています。

引き継いでいきたい思いと伝えたい思いがあるのか?

それが、大人になるということです。

「うまいだろ?」と…

おごることなく、話しかけてくれて、控えめな笑顔を忘れません。

マスター、有難うございます。

思いは伝わっていますよ!