「ハードルを越える」為末大さんの講演

400mハードルで活躍をされた為末大さんの講演を聞く機会がありました。

非常に、感銘を受けたお話でした。

記録の意味も含めて要約しておきます。

お話の題名は、「ハードルを越える」でした。

以下、要約になります。

私の私見は省いて、まとめておきます。

講演を、そのまま文章としておこしました。

そのため、文章にすると理解しにくい部分もありますが、ご容赦ください。

私自身の感想は、後日、アップします。

ご参考にしていただければ幸いです。

以下、講演内容です。

まず、最近の著書の紹介がありました。

子供の足をすぐ早くする方法

という本を出版されているとのこと。

DVDも付録でついているそうです。

興味のある方は入手されたら良いかと思います。

現在は、アスリートソサィエティーという法人を運営されているとのこと。

選手のセカンドキャリアをバックアップしているようです。

元陸上選手の朝原さんやビーチバレーの朝日さんも一緒に活動されているとのことです。

確かに運動に人生を賭けたその後のキャリアに不安がある方が多いかと思います。

引退した後のキャリアが保証されているとすれば、運動にも打ち込めますね。

素敵な試みですね。

後は…

父子チャレンジと称して、子どもの駆けっこを教えているそうです。

ブータンやネパールにもクラスがあるそうです。

陸上を通して教育に貢献したいとの思いがあるとのことです。

トップ選手の動きを子どもたちに教えるのではなく、将来につながる身体の動きを教えるというプロジェクトのようです。

一例として…

地面の蹴り方や背中を伸ばして走るフォームを指導するようです。

将来的に成長して筋力や発達してくると自然とフォームが変わるので、その成長を妨げないような運動のやり方を教えるとのことです。

そのためには…

筋肉がどうついているのか?

自分の身体を知ることが必要になります。

筋肉の使い方の違いによってもトレーニングが変わると語られていました。

これは当然のことですが、子どもや、運動経験が浅い方にはわかりにくいことです。

ある程度、経験を積んでしまうと理解がしにくいことですね。

経験を積む前に知っておくと、怪我の予防にもつながります。

そのための活動をいまは中心に行われているとのことです。

ここからが話の本題です。

テーマは、「ハードルを越える」というテーマです。

ロジャーマリスターという方の話から入りました。

何が大切かというと、目標設定の大切さと限界はいかに曖昧なものか、という話。

誰もやっていないことでも、自分はできると思い込みを外すことで、誰しもが限界と思っていたことを越えることができる。

ただし、どうにもならないこともあるのは自分を知ることで受け入れることもできるのとの話でした。

ご自身の小学生のときのエピソードを交え、うまくお話をされていました。

小学校3年で、駆けっこは一番。

そして中学生で6種目で日本一になられたようです。

170センチ 65キロだった体は、それ以降変わらずに高校で伸び止まり、陸上短距離での自分の可能性が薄いと考え、高校3年で400メーターハードルを始めてみたとのこと。

なぜ競技変更をしたのか?

ハードルに関しては、テクニックの要素が大きいので世界に出て行ける可能性を感じたとのことでした。

自分の置き場所を見つけたと為末さんは表情をされました。

100メーターではオリンピックには行ける可能性は少なく、早いうちに、置き場所を見つけられたとの話でした。

初めてのオリンピックは22才の2000年のシドニー。

その時のビデオを見せていただきました。

途中のハードルに引っかかり…

転倒されました…

走り終わり、ゴールに入られた後に…

泣かれていましたが…

解説の方は気の緩みを指摘していましたが…

ご本人曰く、気の緩みはあるわけない。

それが本音とのこと。

確かに、ついに夢の舞台にたったので、舞い上がった特別感もあり、緊張もしていたとのこと。

そんな中で覚えていたことは、何かがいつもと違うと感じた感覚。

この違和感が、走っていくうちに大きくなり、転倒につながったことを自覚されたようです。

一言で言えば、自分を見失ったことを自覚したとのことです。

一か月して練習再開して、何が起きたのか検証してみたら…

オヒンピックという舞台では、周りが外国人だらけだった。

日本人は1台目を早くこなすのがセオリーだった。

外国人は後から加速する。

日本の国内ならば、後ろから来るはずのない選手が来てあせってしまった。

風の影響があった。

ハードルごとに数センチのズレが生じジャンプのタイミングが結果としてずれて転倒につながった。

当時は若く客観的な把握ができなかった。

この結果を踏まえて…

世界へ出てみよう、という決断をしたとのことです。

日本の枠組みにとらわれないで、世界の環境の中に身を置きたいと思われたようですね。

初めてのイタリアのローマの試合で、満足のできるレースができた。

小さな自信が目覚めた。

次の試合はクロアチアのザグレブで優勝できた。

他国の国旗を持ってウイニングランをしたとのこと。

3度目の試合はスイスのローザンヌで3位。

4度目はパリの試合。

8日で4ヶ国を回って試合に出た経験は大きかったとのことです。

結果として、カナダのエドモントンの世界陸上では、日本記録で銅メダルの結果。

答えは外にあることもあると理解をしたようです。

日本の中にいたら気がつかないことを、世界の環境に身を置いたことで気がついたこともあるようです。

ある程度の結果を出していると自分の内側に答を見つけようとするが、それでは壁にぶつかった時に越えられない。

壁を越えるためには、外に出て、環境を変えることで気づきにつながることを、この時の経験で気がつかれたとのこと。

世界陸上で銅メダルをとったことで…

有名人になり…

メディアの空気が変わり…

今年は何色のメダルを目指しますか?

と、問われた時に…

次は何を目指すんだ?

と自問自答されたようです。

そのときに、期待と燃え尽き感を感じたとのこと。

メダルの先にあるものが明確ではなく、
3年のスランプだったとのこと。

成功体験の克服がスランプ解消の課題。

気がついたら、前に戻っている。

成功したときに戻っている。

成功体験から抜けられなくなった。

スランプに入り、認知科学を学び、なぜ成功して?なぜスランプに入ったのか?を検証をしてみたそうです。

成功の検証をしていなかったので…

22才から23才で老いを感じ、25才でアキレス腱を痛め、それでも昔のやり方に固執してしまった。

そこで…

昔のやり方を止めよう!

新しいやり方をしよう!

ということで、環境を変えてプロ宣言をされたようです。

最初のメダルを取って、三年目のできごとだったようです。

次の世界陸上のヘルシンキでも結果は銅メダル。

準決勝では全体で8位だったとのこと。

決勝では、攻めてみることにしたと…

準決勝から決勝まで48時間。

考えて考え抜いたとのこと。

未経験の決勝出場者が多いことと、悪天候を考慮したとのこと。

このときにシドニーでの経験が生きたと感じられたようです。

シドニーでの自分が感じた違和感を、他の選手に感じるようにするには?と考えたようです。

実際に為末さんが行ったことは…

外国の若い選手に違和感を相手に感じさせるために、スタートダッシュをされたようです。

ペースの確認と駆け引きを狂わせるために…

結果として決勝のタイムは、準決勝のタイムより早かった。

結果としては、2度目の、世界陸上の銅メダルにつながったとのことでした。

このときに、本質を見続けることの大切さに気がついたとのことです。

体も環境も変わる。

変わらないものは何?

変わるものは何?

この両方を知ることが大切。

つまり、本質を見続けて、気がつくことがあると…

成功体験を脇に置き、こびりついたものをリセットすることが大事だと気がつかれたようです。

目標であり通過点。

つまり、目標に止まることなく、目標は通過点であり、目標のさらに先に向かう。

こう考えるように為末さんはされているようです。

為末さんの、今の座右の銘は…

これを知る者はこれを好む者に如かず

これを好む者はこれを楽しむ者に如かず

孔子の言葉

とのことでした。

この言葉を解釈すると…

好奇心を持ち、楽しむことで、引っ張っていける。

目標を決めて突っ走る!

何の為にやるのか?を明確にすること。

学び方が知ることが大切。

これが、為末さんのハードルを越えるための、いまの結論とのことでした。

以上、講演内容でした。

後日、私なりの解釈を添えて、さらに要約させていただきます。

ご一読いただければ幸いです。

当院はfacebookのファンページも開設しています。

いいね、をいただければ幸いです。
最新情報を提供しています。